リヒャルト・ワーグナー
(文化10年.5.22〜明治16年.2.13)
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西暦1813年、ドイツのライプツィヒに生まれる。ヨーロッパでは、ナポレオン戦争のさなかであり、日本では、ロシアとの北方紛争真っ只中の時代です。ゴローニン幽囚事件が起きたのが、文化8年。豪商高田屋嘉兵衛との人質交換で終結したのが、文化10年でした。
父は役所の書記、母はパン職人の娘で、ワーグナーは第9子として生まれます。ワグナーの出生については、いささか謎があります。流行病で亡くなった父の後の再婚が早すぎたこと。継父の俳優という職業の影響を受け、劇やオペラへの関心が芽生えます。
14歳の時、文学に熱を上げていたワグナーへ転機が訪れます。ゲヴァントハウスでのベートーヴェンの作品に触れたことがきっかけで、音楽にも没頭しはじめます。この頃の日本では、シーボルトが鳴滝塾で活躍し、小田原藩では、二宮尊徳がプロジェクトチームを作って農政改革を行っていた時期でもあります。
18歳の時、ライプツィヒ大学へ進学するが、荒れた生活がたたり、学業から落伍する。この頃より、本格的な音楽の勉強を始めるが、発表したピアノ・ソナタや交響曲はライプツィヒでは受け入れてもらえず失望。ウィーンへと旅立つのであった・・・ つづく
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